2015年11月19日木曜日

考えさせられる仮説

エドです

今回は「Sapir-Whorf hypothesis」について書きたいと思います。Sapir-Whorf hypothesisというのは、いわゆる「サピア=ウォーフ仮説」という仮説です。これは何かというと、要するに自分の母国語によって、世界の捉え方が違ってくるということです。人は言語を通して物事を捉えるため、自分の発想などがそれに影響を与えているわけです。

en10-4例えば、自分の言語で4以上の数字を「たくさん」というのであれば、4以上のものが「たくさん」であるという感覚を持つようになります。ところが、10以上の数字でないと「たくさん」とは言わないという言語であれば、ものをたとえ5つ持っていても少ないと言ったりすることがあります。

日本で「青信号」というのをご存知の通り、違う言語を持つ国では、絶対に青じゃなくて赤いだよというでしょう。

こういう国と国の間に感覚の違いがあるので、そこから文化の違いが生じるのではないかと私は思います。自分の国の文化を伝えるために、言語が必要だし、この仮説を信じれば、母国語によりその文化の伝え方も違ってきたりするのではないかと思います。

1 件のコメント:

  1. 今週のエントリーを読みながら、私はカルチャーショックを思い出します。 エドさんもそう思いますか? 時々は、使うべき言葉を選ぶことが難しくなります。 私はインターネットで「Sapir-Whorf hypothesis」を見たことがありますが、これまで知っていたのはタイトルしかありませんでした。 この文章を読みながら写真を見た時、私はテーマとのリンクを気づき、「賢い選択」だと思いました。 

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